ふるさと

作・斉藤俊雄

登場人物

1.   古川里美 ◆ 二つ森小学校5年生

2.   北沢みなみ◆               

3.   本間賢太郎◆               

4.   郷原千秋               

5.   森山圭吾 ◆               

6.   坂本奈々 ◆               

7.   福田 凛 ◆               

8.   手島梨花 ◆                〃  

9.  岩井拓海 ◆               

10.  宮本浩介 ◆               

11.  月形達也 ◆               

12.  上城翔太 ◆               

13.  郷原千春 ◆二つ森小学校6年生 千秋の姉。

14.  青山美鈴先生 ◆二つ森小学校5年1組担任

 

 

 

◆プロローグ 


そこは二つ森小学校五年一組の教室。

二つ森小学校は全学年一クラスしかない。

舞台奥は黒板がある側であり、上手は廊下側、下手は校庭に面した窓がある側という設定。

その教室の中には五年一組の子ども達がいる。

子ども達は、あるものは床に立ち、あるものは椅子に座り、あるものは机に座って静止している。

子ども達がコーラス隊として『ふるさと』の一番を歌う。

一番を歌い終えた後、歌はハミングとなる。


賢太郎 ふるさと。

千秋  ふるさと。

みなみ ふるさと。

子ども達 ふるさと。

賢太郎 ふるさとって何だろう。

千秋  そんなこと考えたことなかった。

みなみ でも、

子ども達 今は違う。

賢太郎 ふるさとに思い出ができた。

千秋  ふるさとが…好きになった。

みなみ そして、ふるさとは私達の宝物になった。 

賢太郎 ふるさと。

千秋  ふるさと。

みなみ ふるさと。

子ども達 ふるさと。

賢太郎 ふるさとが好きになったのは、ふるさとに出会ったから。

千秋  会いたい。

みなみ もう一度会いたい、

子ども達 ふるさとに。

『ふるさと』のハミングは続いていく。


◆本間賢太郎


本間賢太郎が舞台中央に立ち、語り始める。


賢太郎 ふるさとに出会ったのは三学期が始まった日。ふるさとは僕達二つ森小学校の五年一組に転校してきたんだ。


一人の少女が賢太郎の隣に歩いてきて止まる。

少女の名前は古川里美。


里美 (関西弁のイントネーションで)古川里美です。よろしくお願いします。

賢太郎 それがふるさととの出会いだった。(あー)この時はまだふるさとって呼ばれていなかったけど。ふるさとの第一印象は、関西弁で話すフツーの女の子。でもその印象はその日のうちに一八〇度変わった。


コーラス隊の『ふるさと』のハミングが終了する。

コーラス隊はクラスの生徒として、それぞれの席に着いていく。

廊下側の一番後ろの席に本間賢太郎が座る。窓側の一番後ろの席に北沢みなみ、その右隣に古川里美が座る。


凛 (票に書かれている名前を呼んで)本間君。本間君。森山君。本間君。本間君。一番たくさん票が入ったのは本間君です。男子の学級委員は本間君でいいですか?

千秋 いいでーす。


からかい気味の拍手が起こる。


凛  それでは、本間君よろしくお願いします。

賢太郎 …

凛  次は女子です。(票に書かれている名前を呼んで)北沢さん。北沢さん。北沢さん。(この間、一部の生徒達はクスクス笑っている)

青山先生 やめて。ちょっと待って。

凛 …

青山先生 おかしいよ。

千秋 先生、何がおかしいんですか?

青山先生 …

千秋 みなみに投票しちゃいけないんですか?

凛  先生、みなみが学級委員じゃだめなんですか?

梨花 ひどーい。

里美 先生。(里美が手を挙げる)

青山先生 何…古川さん。

里美 あのー私、学級委員やりたいんですけど。

千秋 はっ?

青山先生 学級委員って…古川さん、あなた、今日このクラスに…

里美 転校してすぐに学級委員やったらだめですか。立候補が誰もおらんから投票になったんですよね。立候補がおったら、そっちが優先されるんちゃうんですか?

青山先生 それはそうだけど。

里美 私、学級委員やります。

青山先生 そう。みんないいかな?


反応がない。


青山先生 立候補なんだからいいよね。それじゃ、古川さんに学級委員をやってもらいます。

里美 先生。

青山先生 何?

里美 一言言ってもええですか?

青山先生 どうぞ。


里美が前に出てくる。


里美 私は弱いものいじめが嫌いです。それを見て見ぬふりをすることはもっと嫌いです。だから学級委員に立候補しました。

千秋 学級委員さんの言っていることがよくわかりませーん。

里美 このクラスには弱いものいじめがあります。

千秋 弱いものって誰ですか?

里美 それはあんたが一番よー知ってるやろ。

千秋 けんか売ってんのか。

凛 先生、転校してすぐこのクラスのことわかるわけないと思います。

里美 転校してすぐやからわかることってあるんちゃうん。わからんやったら、わかるように説明するわ。よう聞いとけ。

千秋 …

里美 先生が来る前の教室、クラスの中であることが進行しています。学級委員を二人に押しつけようっていう話です。提案したのはこのお方や。(千秋を指さす)

千秋 はー?

里美 押しつけられた二人は本間くんと北沢さん。私のところにも二人の名前を書けって伝言が回ってきました。ほんで、投票用紙が配られます。みんながクスクス笑いながら投票用紙に二人の名前を書きます。先生もこのイヤーな空気はわかったはずです。だからさっき開票を止めたんですよね。あの時、私の耳にはたくさんの観客の「がんばれ」っていう心の声が聞こえたんです。それで学級委員に立候補しました。

青山先生 観客?

里美 (客席を指して)向こうにたくさんたくさん座ってます。私の心の中の観客です。私、前の学校で演劇クラブに入ってたんです。たくさんの劇を上演しました。そうしているうちに、もしこれが劇の一場面やったらって考えるくせがついてしもたんです。もしこれが劇やったら、観客はどう感じるんやろうって。

千秋 先生、何が何だかさっぱりわかりません。

里美 もし、もしやで、実際にうちらのことを向こうでたくさんの観客が見てるとしたら、あんたのやってることみんな応援してくれるって思える。

千秋 そんなのあったりまえじゃない。拍手喝采って感じだね。

里美 ほんまに?(凛、梨花、奈々に)あんたも、あんたも、あんたも、ほんまにそう思うん?ほら、見てみ。たくさんの、たくさんの観客があんたらのこと見てるんやで。


クラス全員が客席を見つめる。


里美 (千秋に)あんたがさっき言(ゆ)うたこと言(ゆ)うで。「あいつら二人、学級委員になったらベストカップルだよな」

千秋 言ってねーよ、そんなこと。

里美 (客席を指して)見て、見て。ほらあそこの観客、「うそー」ってかんじで首振ってるやん。あそこにいる心の中の観客はだませへんで。

千秋 いいかげんにしろ!

青山先生 …みなみさん。古川さんが言っているようなこと、あったの?

みなみ …

青山先生 どうなの?

千秋 みなみ、正直に言っていいよ。

みなみ ありません。

青山先生 そう。本間くん、どうなの?

賢太郎 …ありません。

里美 そやな、そう言(ゆ)うしかないわな。後が怖いもんな。

千秋 だから、いいかげんにしろって言ってんだろ。

里美 ここがもし劇の舞台で、向こうに観客がおったら、その人達あんたらのこと間違いなく悪役や思うわ。

千秋 それはこっちの台詞だよ。

青山先生 (ねっ)あと少しでこのクラスともお別れなんだから、みんなで仲良くできるようにしようよ。(あっ)古川さん、教科書とか渡さなくちゃいけないものがたくさんあるから、ちょっと職員室に来てくれる。


里美が賢太郎に近づく。


里美 本間君、うちと一緒に学級委員がんばろな。

賢太郎 …

青山先生  (みんなに)休み時間にしましょう。古川さん。


青山先生と里美が教室を出ていく。

賢太郎を除いた男子が拓海の元に集まり腕相撲を始める。

千秋の元に、凛、梨花、奈々が集まる。


千秋 何あれ。ちょー頭にくる。(大きな声に、男子は腕相撲をやめて千秋の方を見る)

凛 何様って感じ?

千秋 転校してたその日に学級委員に立候補するか?

梨花 普通しないでしょ。

奈々 (うん)

千秋 何が劇だよ。もし、今の私達を見てる人達が向こうにいたら、その人達、絶対私達を応援するよ。

凛 する、する。

千秋 それにしても、あいつ自分のこと何だと思ってんだろ。

凛 ドラマのヒロインとか。

梨花 (あー)演劇クラブに入ってたって言ってたもんね。

千秋 なんか、劇の中でそんなヒロインか何かやってさ、勘違いしちゃってんのかな。

凛  私達のこと悪役よばわりしたかんね。

千秋 どっちが悪役だよ。

梨花 やっぱ悪役はあいつでしょ。

奈々 (うん)

千秋 決めた。私、絶対あいつとは口聞かない。(あっ)これ、いじめじゃないから。先生、道徳の時間に言ってたじゃん。「人をいじめるのはよくない。でも、人を嫌いになるのは仕方がない」って。

凛 普通、嫌いな人とはしゃべらないもんね。

千秋 だからしゃべらないのは無視とは違う。いじめじゃない。

梨花  だよね。

奈々 (うん)

千秋 (男子の集団に)男子も、あいつとはしゃべんなよ。


そこに里美が手に新しい教科書を持って戻ってくる。

教室の雰囲気が一気に重くなる。

里美は教科書を机に入れ始める。


千秋 なんか空気重いよね。

凛  空気がよどんで息苦しい。

梨花 いやなにおいが混じってるって感じ。

千秋 (ねっ)みんな、外出よう。外でいい空気吸おう。


そう言って千秋達は、教室を出ていく。

千秋達の後に男子が続く。

みなみがためらいながら最後に教室を出る。

教室には里美と賢太郎の二人が残る。

里美は顔を上げて客席を見る。

しばらく客席を見つめている。


里美 (突然にこっと笑って)よし。

賢太郎 あの…

里美 何?

賢太郎 「よし」って…

里美 (ああ)さっき言うたやろ。もし、ここが劇の一場面やったらって、想像したんや。今な、この場面を向こうから見てる観客のうち、あそことあそことあそこにいる人がうちに「がんばれ!負けるな!」って応援してくれたんや。

賢太郎 (客席を見つめる)

里美 よろしくな。

賢太郎 よろしくって?

里美 学級委員や。

賢太郎 (あー)

里美 本間君いうたっけ?あんたこうなったらやるしかないやろ。

賢太郎 …

里美 がんばろな。

賢太郎 あの…古川さん。

里美 何?

賢太郎 郷原さん達、古川さんがいなくなってから、古川さんのことすごく悪く言ってた。

里美 そら言うやろな。で何?

賢太郎 何って…気をつけたほうがいいかなって。

里美 何に気いつけんの?

賢太郎 それは…郷原さん達…

里美 何でうちに伝えたん。

賢太郎 僕…学級委員になったから。郷原さん達、怖いけど勇気出して…

里美 本間君、そんな中途半端な勇気はあかん。

賢太郎 中途半端…

里美 本間君、悪口なんかいちいち伝えんでええ。伝えへん方が伝えるより親切なんや。更に親切なのはその場で、「そやない」って相手に直接言うことや。それがほんまの親切でほんまの勇気や。

賢太郎 ほんまの勇気…

里美 本間君のほんまの勇気か。それ、おもろいな。本間君のほんまの勇気、見たいな。


コーラス隊が『ふるさと』のハミングを始める。


賢太郎 僕はこのときほんまの勇気を持ちたいって思ったんだ。そして、ほんまの勇気が持てたら、この僕でも学級委員ができるって思ったんだ。ふるさとと一緒なら。


里美と賢太郎が席に座る。


◆青山先生


青山先生が登場する。


青山先生 私は、学園ものの青春ドラマが大好き。私はドラマのように子ども達と泣いたり笑ったりしたかった。青春ドラマを創りたかった。でも、現実はドラマのようにうまくはいかない。私はこのクラスで青春ドラマを創ることをあきらめていた。そんな時、ふるさとが転校してきた。


コーラス隊の『ふるさと』のハミングが終了する。


青山先生 (あれっ)二人ともどうしたの。学級委員の打ち合わせ?

里美 まー、そんなとこです。

青山先生 なんか心配になっちゃって。

里美 何が心配なんですか?

青山先生 みんな、あなた達に協力しないんじゃないかなって。

里美 今まではみんな学級委員に協力してたんですか?

青山先生 (首を振る)

里美 先生はこのクラスどうしたいんですか?

青山先生 (えっ?)

里美 どうしたいのかなって。

青山先生 それは、いいクラスにしたいなって。

里美 先生にとっていいクラスってどんなクラスですか?

青山先生 それは…(考えて、「くすっ」と笑ってしまう)

里美 どうしたんですか?

青山先生 何でもない。

里美 その何でもないこと聞きたいです。

青山先生 青春できるクラス、なんてね。

里美 青春って、「夕日に向かって走れー」みたいな。

青山先生 そこまではいかないけど、お別れの日にこのクラスの仲間と別れることがつらくて泣ける。そんなクラスかな。

里美 それって、あり得ないことやないですよね。

青山先生 今のこのクラスではあり得ない…かな。

里美 …

青山先生 知ってる?二つ森小学校って今年限りでなくなるって。

里美 なくなる?

青山先生 二つ森小学校って生徒数が少ないでしょ。来年から七つ森小学校に吸収されるの。

里美 二つ森小学校の生徒は、みんな七つ森小学校の生徒になるんですか?

青山先生 そういうこと。

里美 淋しいな。本間君は淋しくないんか。

賢太郎 (えっ)

里美 正直に言(ゆ)うてみ。

賢太郎 淋しくない。

里美 そやな。ええ思いしてへんもんな。でも、このクラスで青春ドラマ創れたらおもろいな。

青山先生 おもろいって、青春ドラマなんて簡単に創れるもんじゃないのよ。

里美 だからおもろいんやないですか。本間君、一緒に創らんか、青春ドラマ。

賢太郎 僕が。

里美 そや。学級委員の仕事や。

賢太郎 でも。

里美 でけへん思うたら何もでけへん。先生、そうとちがいますか?

青山先生 …

里美 本間君、考えといてな。

青山先生 古川さん。

里美 はい。

青山先生 あなたの気持ちはうれしいんだけど、あんまり目立ちすぎると…

里美 いじめられる…ですか?

青山先生 …

里美 先生。私、しばらくはクラスの中で無視される思います。

青山先生 無視されることは平気じゃないでしょ。

里美 もちろん平気やないです。でも、無視されるのを恐れて何もしないのも平気やないんです。同じ苦しみやったら、何かやって苦しんだほうがええんです。「見て見ぬふりをするんやない。弱い人を助けることができるように強うなれ。そして人のためになりなさい」これ、ばあちゃんの口癖なんです。

青山先生 ばあちゃん?

里美 私の大好きな、私のばあちゃんです。でも体調を崩してもうて。それで自然が多くて空気がきれいなここに家族で越してきたんです。体調崩してから、ばあちゃんはあまり外に出られんようになりました。そんなばあちゃんが楽しみにしてるのが、私の創った物語です。

青山先生 あなたが創った物語?

里美 はい。ばあちゃんは目が悪いんで、私が創った物語を話して聞かせるんです。いつもばあちゃんの好きなタイプの女の子が主人公になります。見て見ぬふりをせんと、弱い人を助ける強い女の子です。

青山先生 あなたみたいな?

里美 …はい。

青山先生 話って、いつするの?

里美 毎日します。昨日、一つの物語が終わったんで、今日からは新しい物語を創って話すつもりです。

青山先生 今日からはどんな物語が始まるの?

里美 主人公の女の子がある学校に転校してきて、そこで学級委員になります。でも彼女はみんなから反発されて一人ぼっちになります。

青山先生 それって…

里美 はい…

青山先生 …その主人公はその後どうなるの?

里美 彼女は見事にクラスをまとめて、ハッピーエンドになります。最後はハッピーエンドって決まってるんです。

青山先生 何で?

里美 ばあちゃんは悲しい物語が嫌いです。体調が悪うなってからは、悲しい物語聞くのつらい言います。だから物語は、ばあちゃんが好きなハッピーエンドになるんです。

青山先生 今回はどんなふうにハッピーエンドにもっていくつもり?

里美 まだ決めてません。でも、青春ドラマってちょっとええ思いませんか。

青山先生 青春ドラマ…

里美 今年でなくなる小学校の生徒達が、学校に登校する最後の日に、泣きながら歌を歌うんです。

青山先生 何を歌うの?

里美 『ふるさと』なんてどうですか。

青山先生 『ふるさと』…

里美 ふるさとの学校とお別れをする日、生徒が泣きながら『ふるさと』を歌うんです。

青山先生 青春ドラマやね。

里美 (笑って)先生、関西弁になってます。


青山先生が「あっ」と言って笑う。


里美 先生。青春ドラマ、創ってみませんか。このクラスで。

青山先生 創れるかな。

里美 わかりません。物語ならハッピーエンドにできます。けど、現実はハッピーエンドにならんことがたくさんあります。

青山先生 古川さん。おばあちゃんに聞かせた後、先生にもその物語、聞かせてくれない。

里美 それって、私の物語のファンが一人増えたってことですか?

青山先生 そやな。


そう言って笑う。

コーラス隊が『ふるさと』のハミングを始める。


青山先生 ふるさとと話をしているうちに、このクラスで青春ドラマが生まれるっていう奇跡を、ちょっとだけ夢見ることができた。ふるさとはそんな不思議な魅力を持った生徒だった。


青山先生が舞台を去る。


◆北沢みなみ  


北沢みなみが登場する

コーラス隊が、ハミングをしながら教室中央に椅子を二つ並べて置く。

それは次の場面でみなみと里美が座る椅子になる。

場面は教室から美術室に。

客席側は窓側になり、窓からはたくさんの木々を見ることができる。そして、その木々の向こうには二つ森がある。


みなみ そう、あれは図工の時間でした。課題は「思い出のふるさとを描こう」。クラスのみんなはふるさとを描きに校庭に出て行きました。けど、私はいつもどおり図工室に一人でいました。しばらくして、ふるさとが図工室に入ってきました。


コーラス隊の『ふるさと』のハミングが終了する。

みなみは画板を肩にかけ、中央下手側の椅子に座って絵を描いている。

里美が画板を肩にかけて図工室に入ってくる。


里美 外、いかへんの。

みなみ はい。


里美はみなみの隣に座る。そして絵を描き始める。

二人はしばらくの間何もしゃべらず絵を描いている。


里美 北沢さん…やったな。

みなみ はい。

里美 北沢さんのこと傷つけるかもしれへんけど、一つだけ聞かせて。

みなみ …

里美 好きで一人でおるん?


みなみは驚いたように里美を見つめた後、目をそらす。


里美 まあ、ええわ。あのな、うち今物語創ってるんよ。でもななかなかええアイディアが浮かばへんのや。北沢さん、物語創るの手伝ってくれへん。

みなみ 私がですか…

里美 主人公は二人の女の子や。一人はある学校に転校してきた女の子。名前は、そやなひばりとでもしとこか。ひばりは、転校してきたその日に学級委員に立候補するなんて出しゃばったことするんや。ほんでクラスの女の子達からハブられてひとりぼっちでおる。強がってるけど、本音を言(ゆ)うと誰か一人でもええから友だちをつくりたい思てる。

   もう一人は、もともとその学校におった女の子。何でかわからへんけど、その子もいつも一人でおるんや。その子何て名前にしたらええかな?

みなみ (うつむく)

里美 北沢さん。(みなみが顔を上げる)北沢さんは花好き?

みなみ 花ですか。詳しくはないですけど、好きです。

里美 何が好き?

みなみ …すみれなんか好きです。

里美 すみれか。ええ花やな。うちも好きや。もう一人の名前はすみれに決定や。ひばりはすみれと話がしたいんやけど、どうやって会話始めたらええかな?

みなみ …

里美  (あー)しりとりなんかどうや。

みなみ 二人が突然しりとりを始めるんですか?

里美 そやな。二人が出会ってすぐしりとり始めたらおかしいな。会ってすぐ一人が「いぬ」言(ゆ)うて、もう一人が突然「ぬりかべ」言(ゆ)うたら怖いわ。

みなみ (笑う)

里美 でも、物語やから、少しぐらいおかしくても大丈夫や。ちょっとうちら二人でやってみんか。そやな、はじめは何がええかな。はじめは嫌いな言葉からいこか。それじゃ「ハブ」。

みなみ …

里美 ハブはヘビの名前。ほんで仲間はずれの「ハブ」や。「ぶ」やで。

みなみ ブタ。

里美 タヌキ。

みなみ キノコ。

里美 こなぎじじい。

みなみ イルカ。

里美  カメ。

みなみ …メガネザル。

里美 「ル」、「ル」。(あっ)ちょうどええ鳥がやってきた。ルリビタキ。

みなみ ルリビタキ?

里美 ほら、あそこ。あそこに止まってる鳥。

みなみ はい。

里美 きれいな瑠璃色やろ。あれがルリビタキ。あの鳥、夏は山の高いところにおるんや。ほんで、冬になったら平地に下りてくるんや。

みなみ 私、初めて見ました。

里美 身近にありすぎて見えへんこともあるな。その逆で、転校してきたばっかりやからこそ見えるもんもあるんとちゃう?うち、ここ好きやわ。鳥むっちゃ多いし。

みなみ 鳥好きなんですか?

里美 大好き。鳥だけやない、生きものなら何でも好きや。花も虫も。ま、人間っていう生きものはときどき好きになんのが難しい時あるんやけどな。

みなみ …

里美 しりとり続けよか。ルリビタキ、「き」や。

みなみ きょうしつ。

里美 つくえ。

みなみ えだまめ。

里美 メダカ。

みなみ カメ。あっ!

里美 カメ、さっき言うたな。でもおまけや。

みなみ カメレオン。あっ!

里美 「ん」やな。でももう一回おまけや。

みなみ かさじぞう。

里美 笠地蔵か。渋いな。でも、うち好きや、あの話。かさじぞう、「う」…うま。

みなみ マント。

里美 とうふ。

みなみ (少し考えて)ふるさと。

里美 (少し考えて)ともだち。

みなみ …

里美 「ハブ」が友だちになったな。

みなみ …

里美 友だち、ほしいな。

みなみ 古川さん…

里美 (あっ)今のうちの声やないで。今のはひばりの声や。友だちほしいのはひばりやからな。

みなみ …

里美 すみれはどうやろ。すみれは友だちほしくないんかなあ?

みなみ どうでしょう。

里美 すみれのことは北沢さんが決めてええで。どう思う。

みなみ 友だちをつくるの、怖いって思ってるかもしれません。

里美 すみれって優しくてええ子やろ。何でそんなええ子が、友だちつくるの怖い思うんやろ?

みなみ すみれにはとっても仲のいい子がいたんです。

里美 そうか。それやったらその子の名前はタンポポや。すみれとタンポポはどんな友だちやったん?

みなみ 学校に行くのも帰るのも一緒。休みの日もいつも一緒に遊んでいました。中学に行っても、高校に行っても、大人になっても、ずっとずっと仲良くしようって約束してました。でも、タンポポはすみれの友だちではなくなったんです。

里美 二人に、何があったん?

みなみ タンポポがクラスの一部の子から、嫌がらせをされるようになったんです。それで、すみれは先生にタンポポのことを相談しに行きました。先生は、嫌がらせをしてる子を注意したんです。そしたら、嫌がらせがタンポポからすみれに移ってしまったんです。

里美 それはひどいな。その嫌がらせした子は女の子か?

みなみ はい。

里美 そんなら、その女の子の名前はゼニガタアザラシとでもしとこか。

みなみ ゼニガタアザラシですか。

里美 そや。別にゼニガタアザラシが嫌いなわけやないけど、何かその子の名前、ゼニガタアザラシいう感じせんか。で、その後どうなったん?

みなみ タンポポはゼニガタアザラシさんの仲間になってしまったんです。

里美 すみれ、つらいな。ひばりは、そんなこと絶対せえへん。そう、ひばりがすみれに伝えるにはどうしたらええ?

みなみ 伝えられないと思います。

里美 何で?

みなみ すみれは人の言葉が信じられないんです。

里美 そうか、言葉が信じられへんのか。それやったら、絵ならどうやろ?

みなみ 絵?

里美 ひばりはな、ずっと絵描いてたんや。しりとりやっている間も、すみれと話してる間も。ずっとずっと手動かして。

みなみ どんな絵を描いてたんですか?

里美 こんな絵。(自分の描いていた絵をみなみに見せる)

みなみ この二人。

里美 すみれとひばりや。この子がすみれ。ほんで、すみれを後ろからぎゅっと抱きしめているのがひばり。そやけど、北沢さんの顔見ながら描いたから、すみれは北沢さんにそっくりやけど。

みなみ (涙が出てくる)

里美 どうしたん?

みなみ 私…

里美 すみれとひばり、友だちになれるな。

みなみ (うなずく)

里美 よかった。二人の物語、ハッピーエンドや。


里美とみなみが静止する。

コーラス隊が『ふるさと』のハミングを始める。


みなみ こうして、ふるさとは私の大切な友だちになったんです。そして、すみれとひばりの物語は、『続・すみれとひばり』へと進んでいきました。


里美とみなみが舞台を去る。

コーラス隊は、ハミングをしながら椅子の位置を美術室から教室に戻す。


◆森山圭吾


森山圭吾が登場する。


圭吾 僕は一学期と二学期連続で学級委員だった。自分で言うのもなんだけど、僕は正義感が強い。

 ふるさとは、毎朝毎朝元気に「おはよう」って挨拶をして教室に入ってくる。でも誰も挨拶を返さない。僕はそれがよくないことだとわかってる。だから、僕はみんなが挨拶をしなくても、僕だけは…


コーラス隊の『ふるさと』のハミングが終了する。

教室がざわざわしている。

千秋達は楽しそうにおしゃべりをしている。

拓海を中心とした男子は腕相撲をしている。

里美が「おはよう」と言いながら教室に入ってくる。

その瞬間教室は静まりかえる。

誰もあいさつを返さない。

その時圭吾は自分の席で一人立っている。


里美 (圭吾の前まで来て)おはよう。

圭吾 …


圭吾は里美を見つめて黙っている。

その時。


みなみ おはよう。


みんながびっくりした表情でみなみを見る。


里美 (みなみの前まで行って)おはよう。


青山先生が教室に入ってくる。

みんなが席に着く。


里美 (青山先生の横に立って)先生。ちょっとええですか。

青山先生 どうぞ。

里美 六年生を送る会の出し物、考えてきてくれましたか。考えてきたら発表してください。


反応がない。


里美 そんなら、みんなに一つ提案があるんやけど。六年生を送る会の五年生の出し物、『ふるさと』の合唱にしたらええと思うんやけど。

千秋 反対でーす。

凛  私も反対でーす。

梨花 私もでーす。

奈々 私も…

里美 そしたらあんたら何提案するんや?

千秋 はー?

里美 何もせんと、反対反対ばっかりで、何が楽しいんや。自分の考え言(ゆ)うてみい。

千秋 (やってられないという感じで両手を挙げる)

里美 あのな、これは六年生だけのためにやるんやない。うちら五年生のためでもあるんや。

千秋 五年生のため?六年生を送る会は六年生のためにやるに決まってんだろ。

里美 最後まで聞け。二つ森小学校はあと二ヶ月でなくなるんや。この学校の生徒全員がこの学校とお別れするんや。五年間も過ごしてきた二つ森小学校はふるさとのようなもんやろ。そのふるさとへの思いを一人一人が歌に重ねて言(ゆ)うていくんや。最後は六年生も一緒に『ふるさと』を歌ってもらう。目標は六年生を泣かせることや。

千秋 六年生を泣かせる。そんなの無理に決まってんだろ。

里美 無理無理言(ゆ)うてたら何にもでけへん。

千秋 ふるさとへの思いって何?私、ふるさとへの思いなんてないんだけど。

里美 なかったら作るんや。

千秋 先生はどう思うんですか?

青山先生 私は古川さんに賛成。みんな別の案がないなら、古川さんの案で決定でいいのかな。

千秋 はい。(そう言って手を挙げる)私は何も今年だけそんな変わったことやらないでもいいと思います。去年と同じ、ただ呼びかけをするだけでいいと思います。

凛 賛成。

梨花 賛成。

奈々 賛成です。

千秋 先生。これで私を入れて四票賛成です。

凛  圭吾、圭吾も賛成だろ。


圭吾は客席を見つめる。


千秋 圭吾、どうなんだよ。

圭吾 …うん、賛成。

千秋 はい、これで五票獲得。

みなみ あの

千秋 …

みなみ 私、古川さんに賛成です。

千秋 はー?きたー。あそ。でも、賛成はたった二票。男子は全員私達に賛成だよね。はい、圧倒的多数で私の意見に決定。

賢太郎 待って!

千秋  …

賢太郎 ぼ、僕…古川さんに賛成。

千秋 はー?賢太郎、何言ってんの?

賢太郎 だから、古川さんの意見に…

千秋 それって私達に挑戦するってこと?

賢太郎 そうじゃなくて。僕、学級委員だから。

千秋 学級委員だとどうなの?

賢太郎 クラスのこと考えなくちゃいけないから。

千秋 賢太郎はクラスのことなんか考えなくっていいんだよ。

拓海 賢太郎、どうしたんだ。お前らしくないな。

賢太郎 僕、やってみたいんだ。拓海君、やろうよ。

拓海 (しばらく考えた後)わかった。賢太郎、お前に賛成してもいいよ。

賢太郎 ほんと。

拓海 (馬鹿にして)お前が俺達男子全員に腕相撲で勝ったら。


拓海の周りの男子が笑う。


拓海 どうする?

賢太郎 (しばらく考えて)やる。

拓海 (驚いて)やるの?やるんだ。(笑い出す)

浩介 ばっかじゃねーの。お前が俺達に勝てるはずないじゃん。

拓海 でもおもしろいじゃん。やろうぜ!一番手、上城翔太、いけー。

翔太 おっしゃー。賢太郎、手加減しねーぜ。

千秋 (笑いながら)それじゃ私に審判やらせて。二人とも用意はいい。(二人が机の上で腕を組む)レディー、ゴー!


賢太郎と翔太の腕相撲が始まる。

千秋達はあからさまに翔太を応援する。

里美とみなみは賢太郎を応援する。

賢太郎は必死に勝とうと頑張る。

賢太郎 (涙が出てくる)

浩介 賢太郎、泣いてんの?マジだったんだ。

翔太 残念だったな、賢太郎。それじゃ女子とやっても勝てないよ。

里美 上城!お前今、本間君のこと、女子とやっても勝てへん言(ゆ)うて馬鹿にしたな。よし、そんならうちが相手や。あんた、女子に負けたりしないんやろ。岩井、うちがあんたら全員腕相撲で打ち負かしたら、うちの意見に賛成するか。

拓海 お前が俺達に勝てるはずないだろ。

里美 やってみなわからん。

拓海 無理だって。

里美 そんなに自信あるんやったら、やってもええやろ。

拓海 わかった。お前が俺達全員に勝ったら賛成してやる。

里美 よし。

拓海 翔太、いけー。

翔太 オー。

千秋 翔太、負けんなよ。(戦いの準備が整う)レディー、ゴー!


勝負は一瞬でついた。

勝ったのは里美。


拓海 馬鹿やろう。何負けてんだ。

翔太 ごめん。

里美 次は誰?

拓海 浩介、頼んだぞ。

浩介 オッケー。

拓海 油断するなよ。

浩介 大丈夫だって。

千秋 浩介、負けんなよ。用意はいい。(戦いの準備が整う)レディー、ゴー!

先ほどより勝負が決まるのに時間がかかったが、勝ったのは里美。

喜ぶ賢太郎とみなみ。


拓海 浩介、お前まで何やってんだ。

浩介 タクちゃん、ごめん…

拓海 次、達也、いけー。

達也 よし。

千秋 達也、負けたら男の恥だよ。(戦いの準備が整う)レディー、ゴー!


里美 ここで負けてたまるか。


勝ったのは里美。

二人とも息が荒い。


拓海 達也!

達也 タクちゃん、こいつ、つえーよ。

里美 この夏休みに、毎日ばあちゃん抱いて運んだのが効いたかな。後二人!

拓海 次は圭吾、よろしく。

圭吾 タクちゃん、僕…

千秋 (強引に圭吾の腕を引っ張って)圭吾、負けんなよ。用意はいい。(戦いの準備が整う)レディー、ゴー!


勝負は互角。

応援にも力が入る。

圭吾 すごい力だ。三人と戦った後とはとても思えない。もし、僕が最初の相手だったら僕は負けてしまったんじゃないだろうか。もしこれが劇で、向こうで僕と古川さんの勝負を観客が見ているとしたら、観客はどっちを応援するだろう?


全員が動き出す。

応援が激しくなる。

圭吾 北沢さんと本間君が古川さんの応援をしてる。あんなに引っ込み思案だったのに。何が二人を熱くさせてるんだ?


全員が動き出す。

応援が激しくなる。

一進一退の白熱した試合が続く。

圭吾以外が静止する。


圭吾 何だろう、この気持ち、なんか腕相撲をしてる気がしない。僕は今、古川さんと握手をしてるんじゃないだろうか。古川さんの熱い思いが、手から手に伝わってくる。

 自分で言うのもなんだけど、僕は正義感が強い。正義感が強い。だから…


全員が動き出す。

圭吾が勝つ。

里美 負けた、負けた、負けた。あと少しやったのに。

千秋 これで私の意見で決まりね。はい、決定決定。古川さん、残念でした。

圭吾 待てよ。

千秋 …

圭吾 僕、古川さんに賛成。

千秋 はー?

里美 (えっ?!)

拓海 圭吾、どうしたんだよ?

圭吾 僕が最初の相手だったら、僕きっと古川さんに負けてたよ。

里美 でも、負けは負け。うちの負けや。

圭吾 そうだけど、なんか、三人と戦って疲れている古川さんに勝った僕って、全然かっこよくないよね。僕、学級委員の時は、どうせだめだって思って何もやってこなかったけど、今ならできる気がする。だから、僕は古川さんに賛成。

拓海 圭吾…

千秋 圭吾、それおかしいよ。勝ったのに、負けた相手に賛成するなんて、おかしいよ。

圭吾 おかしいかもしれない。でも、決めたんだ。

千秋 拓海、圭吾と腕相撲やんなよ。拓海、空手やってんだから絶対に負けないよ。

拓海 圭吾と…

圭吾 …

拓海 俺、圭吾とはやりたくない。

圭吾 …

拓海 圭吾が古川に賛成すんなら、俺も古川に賛成する。

千秋 はー?

拓海 (他の男子に)どうする?

達也 タクちゃんが賛成するんじゃ、なー。

浩介・翔太 うん。

青山先生 それじゃ、八対四で古川さんの案に決定にします。(千秋に)いいよね。

千秋 …


圭吾 こうして、この日の放課後から『ふるさと』の練習が始まった。でも、郷原さんとその仲間は練習に参加しなかった。


◆坂本奈々 


奈々 私達のクラスで『ふるさと』の練習が始まった。でも、私はその練習に参加していない。その理由は郷原千秋が参加しようとしないから。北沢みなみと私は大の仲良しだった。「ずっとずっと親友だよ」って誓い合った。でも私は今千秋の仲間に入っている。


奈々 あの日、私が教室に入ると、みなみが一人で絵を描いていた。みなみと目があった。私は思わず目をそらした。その時、六年生の郷原千春が、突然教室に入ってきた。


千春 あのさ、ちょっと頼みたいことがあんだけど。

みなみ はい。

千春 お前らのクラスに古川里美っているだろ?

みなみ はい。

千春 放課後、あたしのクラスに来てって伝えといて。

みなみ 古川さんに、どんな用事ですか?

千春 そんなのどうでもいいから。

みなみ …

千春 よろしく。

みなみ 待ってください!

千春 …

みなみ 私、伝えません。

千春 はー?あたしが誰だかわかって伝えないって言ってんの。

みなみ 郷原千秋さんのお姉さん…ですよね。

千春 あたしに逆らった五年がその後どうなったか知らないの?

みなみ 噂では…聞いてます。

千春 いいか、伝えとけよ。

みなみ 何で、古川さんを呼び出すんですか?

千春 あいつが、生意気だからだよ。六年生のことを六年生って思ってねーみてーだし。それが気にいらねーんだよ。

みなみ (千春に詰め寄る)それは誤解です。

千春 あー?

みなみ (更に千春に詰め寄る)それは、誤解なんです。


千春がみなみを突き飛ばす。

みなみが倒れる。


千春 おめー、あたしが怖くないんだ?

みなみ 怖いです。

千春 じゃ伝えろよ。

みなみ 私…伝えません。

千春 あたしに逆らうんだ。そんなら、おめーが来い。(みなみをつかんで立たせる)

みなみ …わかりました。

千春 (奈々に)おい、古川に伝えとけ。こいつが心配だったら六年の郷原千春のところに来いって。

奈々 待ってください。(そう言って、思わず、千春をつかんでしまう)

千春 おめーは、引っ込んでろ!


そう言って、奈々を突き飛ばす。

奈々が倒れる。


みなみ (千春に)奈々に何するんですか。

千春 知るか。

奈々 (叫んで)みなみを、連れてかないでください。

千春 いちいちうるせーんだよ。

みなみ 奈々、私大丈夫だから。

奈々 大丈夫じゃないよ。だから、私も一緒に行く。

みなみ (えっ)

奈々 一緒に行かせてよ。みなみ、私あれから楽しくなかった。ずっと楽しくなかったよ。私って最低だよ。自分を助けてくれようとしたみなみを裏切ったんだもん。人でなしだよ。人間じゃないよ。ここでみなみを一人で行かせたら、私、もう自分が何だかわからないよ。だから、一緒に行く。

千春 おめーら何青春してんだよ。いいか、おめーは、ただ古川にあたしのところに行けって伝えりゃいいんだよ。


ここで圭吾達男子と千秋達が集まってくる。

そして、里美も。


千春 おい、おめーら、見せもんじゃねーよ。

里美 (みなみの前まで来て)どうしたん?

みなみ 古川さん。

千春 おめーが、古川か。ちょうどいい。ちょっと来いよ。


千春が里美の腕をつかみ、連れていこうとする。

みなみが二人の間に割って入る。


みなみ (千春の両腕をつかんで)やめてください。だから誤解なんです。古川さんは六年生に恨まれることなんてしてないんです。

千春 六年生を泣かせるって言ったって、千秋から聞いてんだよ。(里美をつかんで)言ってねーのか。

里美 言いました。

千春 ほら、やっぱり言ったんじゃねーか。

みなみ (再び二人の間に割って入って)違うんです。古川さんは感動で泣かせるって言ったんです。六年生を送る会で六年生のために歌を歌って感動で泣かせるって言ったんです。だから呼び出されることなんて何にもしてないんです。

里美 みなみ。

みなみ (再び千春の両腕をつかんで)古川さんのこと、誤解しないでください。古川さんを連れていかないでください。

千春 もういい。

みなみ (えっ)

千春 (つかんでいるみなみの手をふりほどいて)だからもういいって。(千秋に)千秋!このばかやろー、恥かかせやがって。

千秋 お姉ちゃん…


千春が千秋を連れて出ていく。

みなみが座り込む。


里美 ありがと。

みんな 古川さん…

里美 ありがと。みなみ。

奈々 みなみ。

みなみ …

奈々 ずっとずっと「ごめんね」って言いたかった。でも、言えなくってごめんね。

みなみ …

奈々 ごめんね、みなみ。ごめんね。

みなみ 奈々。

奈々が座り込んでいるみなみに近づき、みなみの肩で泣く。

みなみも泣く。


里美 みなみ。すみれとタンポポのハッピーエンドや。


里美がみなみと奈々を包み込むようにして二人を抱きしめる。

コーラス隊が『ふるさと』のハミングを始める。


奈々 この時から、私は『ふるさと』の練習に参加するようになった。そして、千秋の仲間の凛と梨花も私の後に続いた。練習に参加しないのは、郷原千秋一人だけ。今度は千秋がひとりぼっちになった。


◆郷原千秋 


郷原千秋が登場する。


千秋 もし私が劇の登場人物だったら、私は悪役だ。それはそれでいい。今、私はそう思っている。ドラマでは悪役に徹しきった悪役は、正義の味方より人気が出ることだってある。謝ったりなんかしない。許してくれなんて頼んだりしない。絶対にしない。

 

コーラス隊の『ふるさと』のハミングが終了する。

     続く